ジョブス/スタンフォード祝辞

ネットフロイドホームページリニューアルの第一弾目のブログ記事はジョブスの話をします。

私はアップル信者という訳では有りませんがスティーブジョブスは特別な存在です。
特にスタンフォード大の卒業生に送った祝辞は私の心の中に深い共感を与えてくれています。

まさに人生で起きる事の話であり、若い時には分からない過去と未来の点(繋がり)の話です。

ジョブスは大学を中退しフォントのデザインの教室に大学を辞めた後も通い詰め、そのデザインに夢中になった話をしています。

その時はその事に意味があるとは全く思わず、友人の家の床に寝て、寺院の慈善食事を食べ、自分が取っていなかった大学のフォントデザインの学部に行き授業を受けた。

その後、マッキントッシュにフォントを搭載する時にフォントのデザインをする機能を組み込んだのは大学を中退し、カリグラフィの授業を受けなければウィンドウズを含む今のパソコンにデザインフォントは掲載されなかったかもしれないという事。

その時には意味を持たなかった事が未来では大きな意味を持った事。
その点が繋がり線になる。その事が大きな意味を持つという話でした。それは過去を振り返り初めてはっきりする。

スタンフォード大の卒業式の席で、自分の人生の1つの最善の選択が大学中退だったという話はジョブスらしい一面でしょう。

人生上で起きる事

人生はジョブスの話のような事が度々起きます。

私達の人生を形作るものは一体何か?

色々な偶然や行動、それらがどう未来に繋がるのか、私達はまだ点を見ているだけなのかもしれません。

しかし、それらは何らかの行動によってもたらされるもので有り、行動がなければ未来を変える事は出来ません。

それは人と人の出会いによってももたらされるものです。
又それらは縁によって支配されています。

起業家にとって最も重要な事は実は頭の良さでも学歴でもなんでもありません。
実は情熱なのです。自分を突き動かす何かを持っている人というべきでしょうか。
それは与えられるものでも命令されるものでも有りません。

自らが自らを動かすものを持っている人です。

今まで人類を動かしてきたのは実はそういった人々です。変人だと言われたり、陰口を叩かれたり、誰にも見向きもされず、ライト兄弟が空を飛ぶ事を目指していれば、99%の人々がそんな事は無理だと笑われていたに関わらず、愚直に立ち向かった人々が社会を人類を未来を変えてきた。

たとえ華々しい成功談だけで無く膨大な失敗の山がそびえ立とうとそういう人々こそが重要な意味を持つのです。

自分でスタートした会社をクビになる

時に人生は煉瓦で頭をひっぱたかれるような事が起きます。ただ自分はまだ仕事を愛している事に気づき、ピクサーを興し、トイ・ストーリーを創った。

そのピクサーがアップルに買われ、アップルの社長になってくれと再度言われる。その時にクビにならなければその後の進展も無かった。それらはすべて連続して必然として起きている事です。その後iMacを作り、iPodに繋がり。。。。。iPhoneに。。。。

スティーブ・ジョブスもまた、たった一人で現代の世界を完全に変えてしまいました。

私がジョブスに感銘を受け続けるのはあれだけやせ細り辛いであろう体調の中死ぬ間際まで仕事をし続けた事、いや死んで以降もずっとジョブスの魂は世界を変え続けています。

晩年のジョブスは侍に通じる魂に行き着いたと思っています。
ジョブスを突き動かしたのは世界をより良く変えるという信念に他ならない。

時のその情熱は他の人の攻撃に向いた。それも又反面教師としてのジョブスの一面です。
しかし、その情熱が強すぎる。迎合しない。妥協しない。高いレベルの目的を要求し続ける面が有って初めて成し遂げられたとも言えます。アップルを追い出され、ボロボロになったアップルを再度再生させた手腕はプロの経営者を超えるものをジョブスは持っていた。それは製品に対する情熱を失っていなかったからです。

がんになって以降は、自分よりも他の人々の為にという信念がより強くなった。
でなければとっくの昔にリタイアして悠々自適の生活をしていたでしょう。
普通は誰かにやらせて終わりですが、それもそうしていない。
ジョブスは自分の運命は受け入れていたはずです。しかし、死ぬ間際まで働き続けていた。
それはもうお金の為とか自分の為とかを超越している何かに突き動かされている。
それこそが人生を燃え尽くす。侍の生き方に通じる。

何をしなくても死ぬ。何かしても死ぬ。ならば何かして死んでやろうじゃないかと思うのです。

ジョブスは本当に勇気を与えてくれる。

日本社会は同質を求める傾向があります。大量生産時代にはそれは有効でした。しかし、多様化の時代には合わなくなります。異質こそが未来を作る要素になるのです。特に日本人は回りの目を気にしてやらない事が多すぎる。人は色々な事を言いますがでも結果的に行動していないから出来ない人がほとんどです。時に1000の言葉よりも一つの実践の方が遥かに有益です。

私はジョブスと同じ時代を生きた者として同じ空気を感じ、同じ世界を見て、同じような感覚をもっている感じがあります。ジョブスより遥かに小さな小さな事ですが経験もある意味似ています。

ネットは第二段階に突入しました。

パソコンの世界が終わり、次の端末やあらゆる端末が繋がる社会の到来を私達は生きています。

人間は保守的な生き物で、実は変化を嫌います。
特に成功した人程その傾向が強くなり、保身が主になります。
しかし、環境が変化している場合には自らも変化せねばなりません。
成功した人も又、変化を嫌い失敗していきます。

変化しつづける事こそ未来に生き残る道になります。
変われないという事は死を意味するのです。

スティーブジョブスが皆のポケットにコンピューターを入れた。
それはもう起きてしまった。そしてグーグルがより社会的な基盤を未来型に引き上げようとしています。しかし社会はその変化にまだ気がついていません。

次に起きる現実がどうなるのか、現在私達はその点を生きています。

ネットフロイドは電気羊の夢を見るか?

ネットフロイドの見る未来、それは地域に住む人々と共に、頑張るお店や会社が、地域により良い製品やサービスを提供する事で雇用も生まれ地域が良くなる。

地域が良くなれば、市区町村も良くなる。その輪が広がれば国が良くなり、世界が良くなる。

それらは全て、やろうとする人々が作っていくのです。
それは又【人】でしか成し得ない事です。

しかし、近未来は貴方のすぐ傍にコンピューターが居る。広大な知識と情報端末が貴方をガイドするようになるでしょう。情報こそが次に何をするかの指針を与えてくれるからです。
それはまさにターミネーターのスカイネットのようなものかもしれません。もしくは細胞レベルの話になるかもしれませんし、サイボーグのようなものかもしれません。
貴方は笑うかもしれませんが、100年前の人類と今の人類の生活を比べるとあながち出来ないとは誰も言えないでしょう。(現在、人工知能の議論が本格的に始まっています。)

今は皆さんもネットフロイドも点ですが、それが繋がり線になるかもしれません。
なびシリーズはそんな自らが突き動かされるものによってここまで到達しました。
しかし、まだまだ構想の3割程度しか到達していません。

このメッセージが届く志有る事業者様や志をもって進む人々と協力しながらもっと社会に世界に役立てるようにしたい。それこそがジョブスの言う他人の人生を生きるなという事です。自分の直感に従い行動する。その本質はどうしたら他の人々を良く出来るかという思想にあります。

 私にはもう時間があまり有りません。もっと皆を良く出来ると考えているのです。
あとは時間との戦いです。命は皆が思っている程長くは有りません。出来る事を出来るうちにやる必要があります。たとえ様々な困難が前にあろうともベストを尽くし生き抜くのです。

人々が今よりも良い時間を人生を過ごせる事が出来ると信じています。

『電気羊は夢のかなたに日が昇るのを見ている』のです。

ネットフロイド株式会社
代表取締役 新城 賢治

スティーブ ジョブス フレーム写真